10月1日より確定拠出年金制度がスタートしました。今月のテーマはその「確定拠出年金」です。かなり固いテーマをできるだけわかりやすく解説してみたいと思います。といっても私も俄か勉強、ちょっと心もとない解説になるかもしれませんが、新聞や雑誌に「確定拠出年金」という言葉が出てきても、物怖じしなくてすむようになれば幸いです。
 私のようにもう既に年金をもらっている世代にとっては、じつはこの年金はあまり関係のないお話です。「手賀沼通信」の読者には関係のない人が多いかもしれません。しかし今もらっている年金は自分が積み立てたお金ではなく、現役世帯の人が負担しているのです。自分が払った保険料だけでは今の金額の何分の1かにしかなりません。この仕組みを世代間扶養といいます。ところがこの制度が急速な少子高齢化の波と、世界にもまれな日本の低金利政策とによっておかしくなってきました。高齢者も、もらうものだけもらって我関せずと知らん振りをしていると、年金制度が破綻するかも知れません。たしかに今は制度が改正になっても、既にもらっている人の年金はあまり影響を受けませんが、世の中何が起こるか先の読めない時代です。制度そのものがおかしくなると、もらっている人もどうなるかわかりません。年金制度は国民全体でしっかり見守っていくことが必要です。

解説確定拠出年金

1.確定拠出年金出現の背景
 まず、なぜ確定拠出年金が生まれたかの背景を探ってみましょう。
・公的年金に対する不安
 先ほども述べましたように、公的年金は、現役世代が高齢者の年金を支えるという世代間扶養が基本です。しかし老人はますます長生きし、それに反して若者はなかなか結婚しない、子供を作らないという社会現象が進んでいます。このままでいくと現在4人で1人の年金受給者を支えているのが、2025年には2人で1人を、2050年には1.5人で1人を支えることになります。今のままの年金制度が維持されるという保障はありません。政府もその事態を十分認識してはいますが、不況や選挙対策などのために小手先の年金改正しか行えず抜本的な対策は打ち出せないままになっています。
 そのため現役世代は自助努力で公的年金制度に対する不安に備える必要が出てきたのです。
・年金支給開始年齢の引き上げ
 平成11年度の年金改正で年金の受給開始年齢が段階的に引き上げられ最終的には男女とも65歳からでしか年金を受給できなくなります。おそらく定年制度も形が変わり65歳まで働けるようになるとは思いますが、60歳までの収入が保障されるとは限りません。年金がもらえる65歳まではやはり自助努力で収入を確保する必要があります。
 下記の表は生年月日により厚生年金が支給開始になる年齢を示しています。既に今年の4月2日以降に60歳になった男性は、厚生年金の定額部分の支給開始が61歳に引き上げられています。

・企業年金の積立金不足
 サラリーマンやOLの公的年金制度は下記の図のように1階の部分に当たる国民年金(基礎年金)、2階部分の厚生年金に加えて、3階に相当する企業年金があります。企業年金には厚生年金基金と適格退職年金がありますが、景気低迷による給与の伸び悩み、リストラによる加入者の減少、低金利政策による運用利回りの低下、など様々な理由で積立金の不足が生じています。特に厚生年金基金は国に代って報酬比例部分の支給を代行するという制度になっているため、今のように運用利回りが逆鞘になると高額の積立金不足が生じます。そして新会計制度の導入によって積立不足額を企業の債務に計上しなければならなくなりました。多くの企業では積立金不足を利益を削って補填しています。厚生年金基金の数、加入員の数とも年々減少している現状です。
 したがって確定拠出年金は企業からも制度導入を強く求められていました。むしろ企業側の要望が1番強かったかもしれません。
・変化する就業意識への対応
 今の企業年金は転職すると掛け捨てになることはありませんがそこで切れてしまい継続性がありません。終身雇用があたりまえという日本的就業システムに基づいています。したがって転職者や短期間の在職者には不利な面が少なくありません。ところが最近になって就業状況や就業意識が変わってきました。リストラによる退職者が増えつづけています。また若年層に転職者が増えています。企業の優秀な人材確保のためにも個人の資産として新しい職場に持っていける年金制度が求められるようになりました。
・豊かな老後を迎えるために
 老後に豊かな生活をするには公的年金だけでは足りません。預貯金や株式投資や生命保険の私的年金に加入する方法などもありますが、選択肢が多いほうがより豊かな生活ができます。そのためにもアメリカの401kのような年金制度が望まれるようになったのです。

2.確定拠出年金とは
 確定拠出年金は企業または個人が拠出した一定の掛け金を個人が自分の責任で運用し、老後の年金受取額は運用によって決まる年金です。これに対して現行の確定給付型年金は報酬や勤続年数によって決まった年金額が保障されているものです。
 確定拠出年金にはアメリカの401kプラン(日本の税法に当たるアメリカの内国歳入法401条(k)項で定められているためこう呼ばれています)というお手本がありました。日本の確定拠出年金はそれを参考にして作られました。
 下記の図は平成13年度の「厚生労働白書」からデジカメで取り込んだ「確定拠出年金の対象者・拠出限度額と既存の年金制度への加入の関係」を示したものです。ちょっと不鮮明で申し訳ありませんが、確定拠出年金が公的年金制度の3階または4階の部分を占めていることがおわかりいただけると思います。上の黄色の部分(紙の方は上の2行)が確定拠出年金を示しています。

 確定拠出年金の概要は次のようになっています。
・年金の種類と加入対象者(60歳未満の希望者)
 @企業型年金
 −企業の従業員(国民年金の第2号被保険者)
 −全員でなく一部の人のみを対象にできます(労使の合意)
 −実施する企業は労使合意により確定拠出年金規約を定めます
 A個人型年金
 −自営業者(国民年金の第1号被保険者)
 −企業の従業員(厚生年金基金、適格退職年金、企業型確定拠出年金を実施していない企業あるいは実施していてもその対象者になっていない第2号被保険者に限る)
 −国民年金基金連合会に申請して加入しますなお公務員および第3号被保険者(専業主婦など)は確定拠出年金の対象外です
・拠出限度額
 @企業型
 −掛金は企業の拠出のみで、加入者個人がそれにプラスすることはできません
 −月3万6千円(厚生年金基金、適格退職年金加入者は月1万8千円)まで
 A個人型
 −掛金は加入者が拠出します
 −自営業者は月6万8千円(国民年金基金の加入者はその掛金を控除した額)まで
 −個人型年金の企業の従業員は月1万5千円まで
・運用
 −加入者がスムーズに確定拠出年金の運用を行うことが出来るように「運営管理機関」が設けられ、運用商品の選定・提示や商品情報の提供、資産残高の管理などを行います
 −拠出した掛金は企業型の場合は「資産管理機関」が、個人型の場合は「国民年金基金連合会」が、それぞれ年金資産として管理します。
 −加入者は運営管理機関が用意している商品を選んで運用します
 −商品は自由に組み合せたり、途中で変更したりできます
 −加入者一人一人に個人勘定が設けられ加入者別に管理されます
 −加入者の資産残高情報は電話やインターネットや加入者レポートでいつでも確認できます
 −ただし加入者は運営管理機関や資産管理機関に対し事務費を払う必要があります
 −加入者が離職や転職したときは、離転職先の制度に年金資産を移管できます(これをポータビリティといいます)
・給付
 −老齢給付金(年金または一時金)、障害給付金(年金または一時金)、死亡一時金の3つになります
 −老齢給付金の給付は最初の掛金の拠出から10年以上経過している場合は60歳から、10年未満は経過年数によって61歳から65歳までに分かれます
 −老齢給付金を一時金で受け取る場合も60歳〜65歳となります
 −障害給付金は障害認定時に、死亡一時金は死亡時に受け取れます
・税制
 −加入者の拠出は所得控除、企業の拠出は損金算入になります
 −年金資産の運用益は非課税扱いです
 −年金資産の特別法人税の課税は平成14年度末まで凍結されます
 −年金の所得は公的年金控除が適用され、一時金の所得は掛金払込期間を勤続年数とみなして退職所得課税が適用されます(税負担の軽減が考慮されています)

3.確定拠出年金の商品
 8月29日・30日の2日間、東京都千代田区大手町の日経ホールで日本経済新聞社主催の「日経確定拠出年金フォーラム」が開催されました。太田誠一衆議院議員や山崎史郎厚生労働省企業年金国民年金基金課長の基調講演に混じって、確定拠出年金をビジネスチャンスとばかり、8社の銀行や証券会社の代表者が自社商品や取組姿勢や管理方法や導入方法についてPRを行いました。法律の制定までに時間がかかったため、各社とも十分準備をしており、中味のある資料と自信たっぷりの説明でした。またロビーでは各社ともパソコンを持ち込んで担当者がプレゼンテーションを行っていました。中には確定拠出年金のために新たに専門の関連会社を作ったグループもありました。
 確定拠出年金の商品はハイリスク・ハイリターンの商品からローリスク・ローリターンのものまで、投資信託、保険商品、預貯金などいろいろです。投資信託も株式や債券、国内物や海外物、長期の投資や短期の投資など、多様な組み合わせを用意していました。どの会社も大体10数種類くらいの商品を提供しているようです。
 大切なことは加入者の投資についての教育を事前に十分行うことと徹底的な情報提供とのことです。野村證券ではまんがと図解を組み合わせた「確定拠出年金入門講座」「ゆうゆう、悠介」という小冊子を配布していましたが、確定拠出年金の導入を決めたある会社は教育のために全員にこの小冊子を配ったとのことでした。実は私のこの記事もその本から一部引用させてもらっています。
 昨年度の1300兆の日本の個人資産の45%は定期・貯蓄預金で株式・投資信託は8%に過ぎません。アメリカでは3500兆円の個人資産は株式・投資信託が31.5%、定期・貯蓄預金が9.6%となっており、日本はアメリカと比べるとリスクのある運用には慣れていません。その意味からも投資についての教育が大変重要な意味を持っています。

4.確定拠出年金導入の事例
 9月28日の日経の記事に、日立製作所、すかいらーく、サンデン、日本オラクルなどが確定拠出年金の導入を表明していると出ていました。「日経確定拠出年金フォーラム」ではそのうちの日本オラクルとサンデンの人事部長から直接確定拠出年金の導入についての話が聞けましたのでご紹介しましょう。
 日本オラクルは1985年に設立された新しい会社で、コンピュータ・ソフトの販売とサービスの提供で注目を浴びています。従業員は約1600名、平均年齢は31歳と若い人が多くを占めています。日本オラクルでは2002年1月1日に、現行の適格年金退職金制度を清算し、前払いの退職金を選ぶか確定拠出年金を選ぶかの2つの選択肢を設けて導入の準備を進めています。確定拠出年金に移行する理由は、
 社員−ポータビリティの確保
    本人による生涯設計に基づく投資計画
 会社−自責によらないアンコントロールの回避
    先進性のアピール
と説明していました。
 ただ若い社員が多いため、社員の半分以上が60歳からしかもらえない確定拠出年金より、毎月の給与が増える前払い退職金を選ぶのではないかとのことでした。商品数は13種類くらいです。
 サンデンは自動車部品を製造している伝統ある会社で、従業員数は約3500人です。現行制度は厚生年金基金と退職一時金の2本立てになっていますが、その制度を廃止し、確定拠出年金を採用することにしました。サンデンの確定拠出年金の特徴は拠出額の60%を日本版401kとして個人責任で運用し、40%を会社・労組による委員会を作ってそこで運用する2本立てにしていることです。このように2本立てにすると委員会での運用部分は税制非適格になるとのことでした。
 委員会で運用する分については退職金の前払いとすることも可能とのことでした。運用する商品は10金融機関の17種類を用意しています。

5.確定拠出年金は定着するか
 このようなかたちでやっと始まった確定拠出年金は日本の企業で定着するのでしょうか。介護保険がいろいろ問題を抱えて始まったように、この制度も発足時から幾つかの問題を指摘されています。
 1つは拠出限度額が少なすぎるということです。サラリーマンに限っては最高で年額43万2千円、アメリカの401kプランの1万500ドル(約130万円)に比べると低すぎます。個人の拠出を認めてでも限度額を引き上げて欲しいという要望が出ています。
 2つ目は年金ということに重きを置きすぎたことから途中の引出しが出来なくなっていることです。60歳になるまでに急にお金が必要になっても引き出すことはできません。これもアメリカの401kと違うところです。
 3つ目は2003年度以降は積立金の1.17%を特別法人税として納めなければならないことです。運営管理機関や資産管理機関に1%〜1.5%の手数料を支払う必要がありますから、毎年積立金の2.5%前後は運用益から消えてしまいます。今のように株安、金利安が続くと運用益どころか持ち出しになりかねません。年金資産には特別法人税をなくすしかないのではないでしょうか。
 4つ目は専業主婦などの国民年金の第3号被保険者が加入できないことです。女性の多様な就業形態を考えると、専業主婦の期間に確定拠出年金に加入できないとなると、公的年金で指摘されている女性の年金問題がまた一つ増えることになります。選択肢は多いほうが良いのです。
 いずれにせよ制度は発足しました。出来るだけ多くの要望を取り入れて、老後の生活を支える、使いやすい、加入しがいのある制度に育てていく必要があるのではないでしょうか。
                         

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