今月は武藤清志さんよりいただいた「韓国登山とブラブラ旅行記」をご紹介いたします。いただいた時のタイトルは「韓国旅行記」となっていました。韓国を旅行した人は大勢いますが、韓国の山に登った人はそんなにいないはずです。私の方で勝手に変えさせてもらいました。
 武藤さんは元の職場の同僚で、蘇州大学で日本語講師をやっていたやはりもとの職場の仲間を訪ねて、昨年蘇州に一緒に行きました。そのときは普通のパック旅行で味わえない経験をしました。今回も一味違った韓国旅行になったようです。

特別寄稿
韓国登山とブラブラ旅行記

 武藤清志 

 2003年6月2日から9日まで韓国の第3番目に高い北部のソクチョ市にある韓国国立公園の雪嶽山(ソラクサン)の主峰大青峰(標高1708メートル)の登山にIBM時代の友人と挑みました。登山は1泊2日の約12時間の行程(標準は8時間)です。以下登山も含めて韓国ぶらり歩きの感想をまとめてみました。

(韓国の山)―1日目徒歩6時間、2日目徒歩6時間
 私、佐藤さん、大川さん、韓国IBMの金さん、李さん、許さんの6人グループです。ちなみに、金さん、李さん、許さんは登山部で毎月山に登っています。金さんはAPTOにアサインされ六本木に勤務していたとのことで日本語は堪能です。また3人とも英語は話せます。
 朝8時30分の高速バスに乗りソウルからソクチョの登山口まで3時間30分でつきました。雪嶽山は国立公園に指定されており、岩山で大きな木はあまり生えておらず急な登り下りの道が続きます。お天気はよく暑いくらいです。昼食後午後1時頃に登山開始です。登山口は石碑に「180階段」と書いてある鉄階段と石階段をぐんぐんと上ります。とにかくまっすぐに近い急勾配の山道を登ります。1時間もすると足が上がらなくなりました。それでも、18時頃の頂上に近い見晴らしの良い場所からは北のほうに海が見え広々とした眺望に満足しました。天気がよければ北朝鮮が見えるそうですが、当日はあいにくと湿度が高く遠くはよく見えませんでしたが、まわりには「恐竜の牙」、「恐竜の背」という名前の尾根がそびえたっておりすばらしい眺めです。日没は佐藤気象予報士の予告通り19時40分でした。
 山小屋はオンドルで自炊ですが道具を持たないため夜・朝とも山小屋の「キムチ・ラーメン」、ビール、持参のトマトですごしました。登山客は週日でもあり日本同様中年以上の人が多くですが、中学生の団体登山もおりました。
 2日目は6時起床の6時40分出発です。千仏洞(チョンブルトン)渓谷の道を下るのですが渓流道は岩肌に鉄の階段がつけられておりひたすら下り、渓流上の橋を渡りと前日の岩道とは違った歩きをしました。渓流は袋田の滝を狭くしてもっとそびえたたせたようなところが沢山あり奇怪な形の岩石が立ち並び本当に飽きることがありません。下山口には大きなお寺の百潭寺(ぺクタムサ寺)があり沢山の人がお参りに来ています。何しろ、ここは有名な観光地・避暑地でもあるのです。温泉もあり1人5000W(500円)で入浴できます。久しぶりのきつい登山で温泉でゆっくりと疲れを癒したのですが翌日から足の筋肉痛で苦労しました。

(宿泊)―7泊
 ソウルに着いて初日は韓国IBMの金さんの紹介でIBMに近いのですが、中心地からは少し遠い「ソウル教育文化会館」という特2級ホテルにIBM料金で30%割引、税なしで泊まりました。オンドル部屋で6人くらいは泊まれますが。料金は22万7700W(22,770円/室)で3人の割り勘で1人7,590円です。
 山小屋の料金は聞き忘れましたが登山費として1人5万Wを渡しましたが、ソウルからのバス代約2万W、食事3回、ビールで約1万5,000Wで計算すると貸し毛布代込みで1万W(1,000円)位と思います。下山後の「ソラク観光ホテル」はオンドル部屋で5人は泊まれますが9万W/室で3人ですから1人3,000円です。
 次の日はソクチョ市郊外の「尺山温泉荘」に泊まり、またまた温泉にゆったりと入りました。4人は泊まれる部屋が5万W(5,000円)です。ソウルに戻りまた「ソウル教育文化会館」に泊まりました。何しろ山に登るのに荷物は少な目にということでトランクをホテルに預けておいたのです。今度は薄い布団でのオンドルに疲れたのでベッドにしました。3人部屋で料金は198,680W(約19,800円)です。
 翌日は佐藤さんが韓国のHPで調べた日本人向けの民宿、いわゆるB&Bの「剛の家」に泊まりました。マンションの4階ですがオーナーの金さんは40歳台前半で日本語を独学で学び非常に真面目で気持ちの良い人です。「キムチ」の作り方、ハングル書道、ハングル会話などを日本人宿泊者の希望者に教えています。オンドル部屋で1人5,000円、2人だと1人4,000円で日本円で支払います。朝食は韓国の一般家庭のおかずと同じで1汁、多菜(キムチ・漬物)、魚です。

(乗り物)
 相対的に日本と比べて安いと思いました。
 タクシーは初乗り1,600W(160円)で後は41秒か168メートルで100W加算されます。20分くらい乗って2万W近くを請求されると驚きますが日本円で2千円ですから安いものです。1989年のHPCで来たときはタクシーの台数も多くなく、地下鉄もなく、バスも渋滞でなかなか来ないのでタクシーは相乗りが常識でした。しかし、この風習もなくなったようです。
 ソクチョ市からソウル市までの高速バスは1万8800W(1880円)で3時間30分位です。ソウルに着き市内の足はもっぱら地下鉄にしました。地下鉄は1区間700W(70円)ですが市内全域がカバーされます。窓口で支払うか、貨幣で販売機から買うかです。本数も多く、また、路線も8号まであり各号線は色分けされ駅の番号もその号線番号で表示されています。駅名・案内表示板もハングル、漢字、ローマ字で書かれております。ただし、号線乗り換えは「換乗・Transfer」と表示されていました。まだ拡張工事が続いており市内の重要な足になっています。駅の間隔も短く市内地図と地下鉄地図があればソウル市中心地帯を楽しく動け回れます。
 国鉄はソウルー水原間は30分で急行・座席指定5,200W(520円)です。地下鉄を利用すると55分で1,200Wです。汽車は発車時刻近くなると番線指定の改札口が開きます。この改札口からは他の番線のお客は入ることはできません。日本のように自由に出入りができないのには戸惑いました。定刻どおりベルもなく発車します。座席指定ですが始発の場合は良いのですが水原からの帰途は私の席にすでに座っている人がおり切符を見せて自分の席であることを示して座らなければなりませんでした。自分の席はあるのですが家族でばらばらに座席のある人は固まって座りなかなか交代しようとしません。言葉が通じないので苦労しました。
 ソウルの変貌を見ようと約2時間の「ソウル・シティー・ツアー」バスに乗りました。2コースあります。料金は乗っているだけなら5千W、乗り降り自由は1万Wです。市内のインフォメーション・ガイドでは英語、日本語、中国語別に応対の人がいます。同様にツアー・バスも通訳ガイドを時間別に乗せています。仁川空港とソウル市内を結ぶリムジンバスは1万1千Wです。

(食べ物)
 6月2日は金さん達によるウエルカム・ディナーで韓国料理の定番どおり「焼肉」をおなか一杯食べました。サンチュ(サニーレタス)に焼肉、ニンニクをのせジャン(韓国風味噌)を塗って食べます。
 翌日(3日)の朝はバス・ターミナルの屋台で「うどん」とジャン炒めお餅です。まったく日本のうどん、餅と同じですが、どちらも唐辛子味のため口の中が熱くなります。3人で11,000Wです。登山口での昼食は石焼ビビンバです。スープ、キムチつきで約10,000W。山小屋のキムチラーメンは辛くてビールのお換わりが必要です。日本人3人とも唐辛子の辛いのには参りましたが、面白いことに私が日本から持参した梅干を金さんたちに薦め、口に入れたら丁度私達が辛いキムチを食べたときと同じように困ったという顔になりました。どうも辛さには慣れていますがすっぱさはだめなようです。食文化の違いが少し分かりました。
 4日の下山後のソクチョ市海岸通の海鮮料理屋のさよなら宴会はお刺身(鯛、いか、いさき、貝類等)の盛り合わせ、刺身にした魚の頭を入れた味噌スープ、新鮮なホヤ、かにをたらふく食べビール、真露を飲み、送り迎えの車がついて6人で227,000W(1人約3800円)です。
 5日の夕食は佐藤さんとソクチョ市郊外で名物のスン豆腐(おぼろ豆腐)定食(5,000W)、海鮮チジミ(韓国お好み焼き)、味噌鍋、焼き魚、ビールで1人12,000Wです。どんぶり1杯の暖かい豆乳たっぷりのスン豆腐は雪嶽山の山水とふもとで育てた大豆と深海水で造られなんともいえない味でした。5日はソウルに戻り明洞をぶらつき黒鶏のサンゲ湯を食べました。鶏のおなかの中にもち米、朝鮮にんじん、栗、なつめ、ニンニクなどを入れ煮込んだものです。塩・胡椒で自分で少しずつ味付けしながら食べます。キムチがついて12,000Wです。
 6日は水原の華城や博物館、宮殿を見学し東大門市場の屋台でひょんなことから知り合った世界1周旅行をしている日本人女性と牛肉のジャン炒め、チジミなどを食べながらビールを飲み約2時間もお喋りをしてしまいました。なんでももう10年くらい海外のいろいろな土地で暮らし日本には数年に1度くらいしか帰っていないとのことでした。いろいろな人がいるものです。割り勘で20,000Wです。
 7日はソウル最後の日なので南大門市場内のお店に入ることにしました。築地の場外のお店のように沢山ありどのお店に入ろうか迷ってしまいます。安易に一番手前の店に入りました。カルビタンを注文しましたが何故かキムチとご飯がついてきます。もう4日目になりますとキムチもおいしく食べられるようになりました。慣れるということは素晴らしいことです。12,000Wです。
 8日は韓国IBMを訪問し金さん、李さんと一緒にサンゲ湯昼食を食べました。お店はきれいでサラリーマン風の人で一杯で後から後から席が埋まります。とにかくサンゲ湯中心の店です。明洞のサンゲ湯とは異なり白鶏ですが味はあっさりしています。キムチとご飯がついて1人12,000Wくらいです。仁川空港での最後の夕食はソルロンタンとしました。韓国料理は沢山の種類がありいくら食べても厭きがきません。キムチもいろいろな種類の野菜をつかって辛いのからすっぱいのまで作ってあります。ちなみに街の屋台の出店は市は禁止しており警察が排除しようとしても、弱い者をいじめるなという世論におされて取り締まることができないのだそうです。しかし、実態はやくざが場所を仕切りよい場所は1億Wで売買されているとのことです。

(いたわり)
 韓国は儒教の国で高齢者を尊敬し、いたわります。乗り物(地下鉄やバスなど)では高齢者と気付くと席を譲る人が目立ちます。また、高齢者への福祉として民泊の金さんによると65歳以上の人には年金以外に交通手当てが支給され、公園ではボランティア団体による無料の朝食会が開らかれているということです。さらに、60歳以上は地下鉄が無料(700W)になります。もちろん外国人はだめです(以前旅行したオーストラリアの動物園では外国人でも高齢者には割引がありました。)。見ていると窓口でIDカードを出して無料切符を貰い丁寧にお礼を言う人もいれば黙って手を差し出してえばって切符を貰う人とさまざまでした。私も一度黙って手を出したらちらりと頭の白いのを見て切符をくれました。小さな声で「カムサハムニダ」といいましたがなんだか申し訳ないことをしたと思いました。でも、日本人と韓国人は本当に見分けが付かないくらい同一民族だなと変なところで感心してしまいました。
 街をぶらぶらしていると道を聞かれたりします。そんなときは「ナヌン イルポン(私は日本人)」と言い手を振ります。地下鉄の中では眼の不自由な人や身体障害者の人がラジカセで音楽を流しながら物乞いをしています。無料切符を貰ったときは還元の意もこめて多めに喜捨しました。地下道や街の道端に物乞いの人がいますが14年前のIBMのHPCの時には日本の終戦直後と同じように朝鮮戦争の傷痍軍人姿がありましたがさすがに今はいません。

(若者たち)
 土・日の明洞、東大門、仁寺洞は若者で一杯です。ピアスをしている人はいますが茶髪はまだ多くはありません。着ているもの、お化粧など日本とまったく変わりありません。電車の中でのお化粧や食べ物を食べたり座り込んだりしている若者はおりませんでした。仁寺洞では飲料会社がマッカリの一気飲み大会を開いており老いも若きも挑戦していました。でも、どんぶり一杯のマッカリを短時間で飲むのはつらそうでしたが見物人は大喜びです。
 夕方になるとデパートでは店の玄関前に特設舞台をしつらえ人気歌手やグループがそこで歌ったり踊ったりしており若者の熱気があふれていました。もちろん車道まで人はあふれ警備員が声をからして車道の自動車やバスの進行を整理していましたが、地下鉄の入り口に着くのに苦労しました。
 ソウルから水原までの約30分の汽車のなかでテグ大学の日本語科3年生の女子大生と隣合わせになりました。向こうも習い覚えた日本語の勉強になるので積極的に話しかけてきます。就職について聞きましたがやはり安定性のある公務員が人気があるそうです。この女子大生は日本で韓国語の先生になりたいと話していました。

(観光)
 韓国国立公園の雪嶽山(ソラクサン)、ソクチョ市の市場、水原の華城、ソウル市の国立博物館、宮殿、南大門・東大門市場、明洞などを足の向くまま気の向くままに歩きました。雪嶽山登山はすでに書きましたが、ソクチョ市でもソウル市でも市場は衣類、靴、食べ物(野菜、果物、肉、魚貝類、唐辛子、のり、お菓子など)、雑貨類があふれていました。価格は日本より安いです。ロッテ・デパートなど大きなデパートは高級品が多く高いですが沢山の人でにぎわっていますが日常品、食料はやはり市場で買うのでしょう。また、市内にはXX街(電気街、家具街、衣類街など)が多く専門店が軒を連ねています。屋台のお菓子を買い、また秋ならば焼き栗を食べながらブラブラするのも面白いものです。
 水原の華城は1796年に作られた城塞都市で世界文化遺産に登録されています。周囲5.7キロメートルの城壁の内側に近代的な街があり城壁の上は遊歩道になっており休日には家族ずれで城壁でくつろいでいます。1周するのに約2時間かかります。水原市はソウル市のベッド・タウンとしてマンション建設が盛んに行われていました。何しろ地下鉄で55分の距離です。
 ソウル市の景福宮の太鼓、銅鑼などをたたきながらの守門将交代儀式も見ものです。景福宮前に以前あった旧総督府の国立中央博物館は完全に取り壊されており宮の隣に新しい国立中央博物館があります。なんと入場料は700Wです。仏像や鐘は韓国経由で日本に伝達されたのかとじっくりと見ました。特に金銅弥勒菩薩半跏像は日本の法隆寺の像より古いそうです。古墳からは勾玉が出土しておりあらためて日本と韓国は古代から交流があったのだなと思いました。
 昌徳宮は夏は1日4回時間を区切って各国語別にグループをつくりガイドが付いて案内してくれます。その時間以外には入場させません。入場料は2500Wです。1405年に建てられ秀吉による壬辰倭乱で消失し1610年に再建されその後数回の火災にあい建て直され約270年間政務が執られていた建物です。その一隅では1989年まで日本から嫁いだ李方子女史が生活していました。
 旅行会社のグループ・ツアーによる観光も効率的でよいのですがじっくりと時間をかけて見物するのも悪くありません。韓国は近いし、食べ物も日本と変らないのでお薦めしますが、言葉についてはハングルを読むことは難しいですが、年配の方、ホテル、ガイドさんは日本語は通じます。お店での料理の注文はガイドブックの写真や品名を指差すとかで大丈夫です。ガイドブックを見ながらいろいろな場所にもいけます。若者は日本同様学校で英語を習っていますので単語のやり取りで意思は通じます。
 6月はSARSが新聞紙上を賑わしておりマスクを買って備えたのですが、成田空港ではマスクをしている人は2〜3人、飛行機の中でも4〜5人位で韓国の仁川空港では皆無に等しい有様でした。キムチを食べているとSARSにかからないなどの話もあり旅行中は忘れていましたが、帰国時の成田空港の入国手続き所、税関の係官はやはり全員がマスクをしていました。どの国から入国してくるか分からないための予防でしょうが、もはや過去の話となりました。

(後日談)
 今回の登山で痛切に足の衰えを感じ、帰国後一念発起して毎朝縄跳びを始めましたがなんと200回が精一杯で前日に飲み会などがあると100回くらいで足が跳べなくなります。1ヶ月も続けると近所の人も「がんばっていますね」「続いていますね」などと声をかけてくれます。8月に日光白根山に登りましたが毎朝の縄跳びの効果か足に筋肉痛が起こりませんでした。「継続は力なり」です。韓国料理にしても日本でサンゲ湯、焼肉、ビビンバなどを食べても日本風にアレンジしてあるのかソウルで食べたような感激的なおいしさは感じません。やはり、その国の料理は現地で味わうのが一番です。
 去年IBM時代の友人と中国蘇州に木澤さんを訪ねてましたが、一流レストランでも驚くほどおいしくまた安く、ツアーでは行かないようなところを観光したりと異国を満喫しました。中国旅行のツアーは安いですが蘇州旅行で旅行会社はそれでも大いに儲けていることが分かりました。旅行会社のツアーも楽で安心できてよいのですが、体力と好奇心のあるうちは安全を確かめながらのブラブラ旅行も良いものであると改めて確信しました。
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