例年なら新年号は新年のご挨拶が巻頭を飾るのですが、昨年8月家内の父親が他界しましたので、新年のご挨拶を控えさせていただきました。 四谷知男 やっ太は8歳で小学校の3年生、やっ登は5歳で幼稚園の年長組、二人は仲の良い兄弟ですが、しょっちゅう取っ組み合いをしています。 やっ太は頭の回転が速くよく気がつきます。口癖は「ヤッタ!」です。「ヤッタ!ボクの勝ちだぞ」、「ヤッタ!台風で明日は学校が休みだ」などと得意になっています。 やっ登の口癖は「ヤット」です。「ヤット3歳でボクはオムツが取れた」、「ヤットボクは電話ができるようになった」などと言っていますが、気が強くお兄ちゃんより活動的です。 やっ太とやっ登はパパとママとの4人暮らしです。パパは仕事で出張ばかり、ママは今は二人の子育てにかかりっきりです。道路を隔てた向かいにおじいちゃんとおばあちゃんの家もあります。おじいちゃんは定年後はゴルフばかり、おばあちゃんは庭の草花を育てるのにかかりっきりです。 やっ太とやっ登はみんなが大好きです。パパとおじいちゃんは面白いところに連れて行ってくれたり、野球やサッカーを教えてくれたりします。ママには取っ組み合いをしていると「やめなさい」と大きな声で叱られますが、何かあるとやっぱり最後はママです。おばあちゃんはいつも二人が欲しいなと思うおもちゃやお菓子や飲み物を用意していて、二人がおばあちゃんの家に行ったときタイミングよく出してくれます。 12月のある日のこと、おばあちゃんはママから二人を預かってと頼まれました。ママは高校時代のクラス会に出席するのです。パパは昨日から北海道に出張、今日は何時に帰ってくるかわかりません。おじいちゃんは茨城のゴルフ場に出かけ、やはり今日は何時に帰ってくるかわかりません。 ママはやっ登を幼稚園に迎えに行き、午後おばあちゃんの家に預けたあと戸締りをして出かけました。やっ太は給食を食べたあと学校から一人でおばあちゃんの家に帰ってきました。 「晩ご飯は何にしようか」とおばあちゃん。 「カレー」という返事が二人から返ってきました。 「じゃあ、ちょっとスーパーに買い物に行ってくる。一緒に来る?」 「ボク、お兄ちゃんと遊んでる」とやっ登。 「すぐ帰ってくるから、仲良く待っててね」 おばあちゃんは車で10分ほどのスーパーに夕食の買い物に出かけました。 ドンとヤングとメイの仕事はオレオレ詐欺です。 「この前うまく100万円巻き上げた家の隣に庭の広い家があるだろ。今度あそこからいただこうか」とリーダー格のドンが切り出しました。 「あそこはジジイとババアが住んでるよ。向かいの家は娘とその旦那。二人には小さいガキがいる」下見が得意なヤングが応じます。 「今日は向かいの家は留守のようね。じいさんはゴルフ。ばあさんの家に電話してみたら。ばあさんならかもだよ」早耳のメイがけしかけます。 「旦那が出張先で事故を起こしたことにしよう。いつものようにオレが警官、ヤングは旦那役、メイが被害者になれ」ドンが決めました。 二人が遊んでいるところに電話がかかりました。 「もしもし」やっ太が電話に出ました。 「やっ太?おばあちゃんよ。軽トラックにぶつけられちゃった。車がちょっとへこんだけど、おばあちゃんは怪我はないよ。心配しないでね。でもおまわりさんを呼んだので帰りが遅くなりそう。1時間くらいかかるかもしれない。携帯忘れてきたのでトラックの人から借りて電話してるの。おなかすいたら冷蔵庫のケーキ食べててね。それからおばあちゃんが帰るまで誰が来ても玄関のドアは開けないようにね。待ってられる?」 「うん大丈夫だよ。待ってるよ」と答えたもののちょっぴり不安です。 おばあちゃんの電話が切れるのを待っていたようにまた電話のベルが鳴りました。今度はやっ登が受話器をとりました。 「もしもし。おばあちゃんはいる?」ドンが聞きます。 「もしもし。どなたですか」 「おばあちゃんの知りあいだよ。おばあちゃんに替わって」 「おばあちゃんはいません」 「君は誰?おばあちゃんはいつ帰るの」 やっ登はお兄ちゃんにおばあちゃんがいつ帰るかを聞きます。 「ボクはやっ登。5歳だよ。おばあちゃんは1時間くらいしたら帰るって」 電話が切れました。 ドンがヤングとメイに言いました。 「やっ登とかいうガキが出た。ガキ相手じゃ金は引き出せないな。ババアは1時間くらい帰らないようだ」 「惜しいな。引っ掛ける自信はあったのに」ヤングは残念がっています。 「そうだ。ガキを誘拐しようよ。そして金をゆするのよ」メイが提案しました。 「新しい仕事にチャレンジと行くか」 ドンは早速誘拐の方法を考え始めました。 「誰からだった?」やっ太はやっ登に聞きます。 「おばあちゃんの知り合いだって。でも怖そうな声だった」 それからやっ太はやっ登におばあちゃんの交通事故について説明しました。そして誰が来てもドアを開けないよう注意しました。 冬の日は早く落ちます。外はだんだん暗くなってきました。二人はテレビをつけました。小学生が連れ去られて殺されたニュースをやっていました。遠くでパトカーのサイレンの音がしています。やっ太の不安は大きくなりました。 「やっ登。雨戸を閉めよう」 二人は協力して雨戸を閉めしっかり鍵をかけました。雨戸の鍵は上と下についていて、二人の背丈では上のほうは届きません。踏み台を使ってがんばって掛けました。 「お兄ちゃん。ヤット閉まったね。これで大丈夫だよ」 「やっ登。おばあちゃんが帰るまで絶対玄関を開けてはだめだぞ。チャイムが鳴ったらおにいちゃんが話している間にやっ登はのぞき穴から誰が来たか見てくれよ。のぞき穴のところに踏み台を置いておこう」 「踏み台に乗るまで、チャイムに出ないでね」 二人は打ち合わせを続けます。 「宅配便が来たらどうする。おばあちゃんのところによく来るよ」やっ登はよく知っています。 「宅配便も危ないそうだよ。おじいちゃんが言っていた。」やっ太はやっ登に教えます。 「でも宅配の人ならダンボールを持ってるからわかるよね」 「ニセモノもダンボールを持ってくるんだって。その中には手や足を縛ったり、口をふさいだりするひもやガムテープが入っている。ナイフが入っていることもあるんだって」やっ太はなかなか物知りです。 「でもお兄ちゃんと二人なら誰が来ても大丈夫だよ」やっ太に比べてやっ登は怖いもの知らずです。 日はとっぷり暮れました。突然チャイムの音がしました。二人は一瞬顔を見合わせました。そして打ち合わせどおりやっ登が玄関に行き、踏み台の上に乗って外をのぞきました。やっ太はそれを見てチャイムに出ました。 「はい。どなたですか」 「宅配便です」インターホンに向かってニセモノの宅配便のヤングが神妙な声で言います。 「何が届いたのですか」とやっ太。 「お米のようです」ヤングか答えます。 「誰宛になっていますか」 すぐドアを開けてもらえると思ったヤングは思わず答えに詰まりました。近くに止めた車の中でドンとメイも苛立っています。 「ちょっと待ってください。明るいところで見てきます」 ヤングはそういって表札を確認しました。 「手賀さん宛です」 「おじいちゃんもおばあちゃんも手賀です。名前のほうはどうなっていますか」 表札には姓しか出ていないので、ヤングは困ってしまいました。 「ちょっとインクがこすれてよく見えません」 やっ太は宅急便の配達はニセモノという気がしてきました。 「手賀やっ太という名前になっていませんか」やっ太は自分の名前を言いました。 「そう、そう、そのとおり」ヤングは助かったとばかり乗ってきました。 「この家には手賀やっ太はいません。もう一度調べて出直してください」 ヤングは引き下がるしかありませんでした。 「ヤッタ!帰って行ったよ」やっ太のガッツポーズが出ました。 「あのガキはしたたかよ。ドアを開けなかった。別の手を考えよう」ヤングは悔しそうに言いました。 「強引にドアを壊そうか。それとも裏へ回って窓から入ろうか」ドンが強攻策を出しました。 「まだ夕食時よ。人目もあるし音を立てるのはまずいわよ。私たちの原点、オレオレ詐欺に戻ろうよ。今度は私がやってみる」メイが何か思いついたようです。 「お兄ちゃん、ドアを開けなくて良かったね。荷物の中身はなんといっていた。軽そうだったよ」 「お米だとさ。お米なら重いはずだよ。やっぱりニセモノだったね」 「お兄ちゃんはうまかったね。あて先を答えられたら、次はどうするつもりだったの」 「そうだな、送った人の名前と電話番号を聞くか」 「ふーん」やっ登は感心しています。 送った人の名前を聞いても、おばあちゃんなら本物かどうかわかるかもしれませんが、やっ太には無理だったでしょう。しかしとりあえず難は逃れました。 そこに電話が鳴りました。 「もしもし」今度はやっ太が受話器を取りました。 「やっ登君?こんばんは」メイが猫なで声で聞きました。 「ボクはやっ太。やっ登は弟です」 「おばあちゃんが大変よ。交通事故で怪我をしちゃったの」 「えー本当、おばあちゃんからの電話では怪我はしてないって言っていたけど」 メイはおばあちゃんが本当に交通事故にあったことを知りました。これからが腕の見せ所です。 「最初気がつかなかったけど、実は頭を打っていたの。パトカーが着いたとき急に気を失って病院に運ばれた。私は病院の看護婦よ。これから迎えに行くから二人で一緒に来て欲しいの。おじいちゃんもいないし、向かいのお家も留守のようね。うわごとのように二人の名前を呼んでいるわ」オレオレ詐欺で慣れているメイはよどみなく続けました。 「おばあちゃんの怪我はそんなにひどいのですか」やっ太は青くなって聞きました。 「一言もしゃべれないので、これから精密検査をするのよ。こちらに来ておばあちゃんを安心させてあげて」メイはとにかく家から連れ出そうと熱が入ります。 「では待ってます。急いで来てください」やっ太はおばあちゃんのことが心配でたまりません。 「私が行くからね。白衣を着ているからすぐわかる。心配しないでね」 メイはシメタ、うまくいったと得意顔です。 「やっ登、おばあちゃんが怪我したらしい。看護婦さんが迎えに来るから一緒に出かけよう」やっ太はやっ登に言いました。 「おばあちゃん電話できないほどひどいの。看護婦さんならドア開けていいの?おばあちゃんは誰が来ても開けないよう言ったでしょう」やっ登は意外と冷静です。 やっ太はやっ登の言葉を聞いてまた不安になりました。さっきの宅配便はニセモノでした。やっ太はこの家が狙われているのか、自分たちが狙われているのかどちらかではないかという疑いが頭をかすめました。そうなると看護婦もニセモノかもしれません。忙しい救急病院から看護婦が抜け出すというのもありえない話かもしれせん。 「やっ登。チャイムが鳴ったら看護婦さんと話している間またのぞき窓からのぞいてね。またニセモノかも知れないから」 車の音がして玄関のチャイムが鳴りました。 「やっ太君。さっき電話した看護婦よ。迎えに来たわよ」白衣を着たメイがインターホンに向かって話します。 「わざわざすみません。おばあちゃんはどこの病院に行ったのですか」やっ太が聞きます。 「山川町の凸凹病院よ。」メイは町で見かけた病院の名前を言いました。 「どんな事故だったのですか」 「車同士の事故よ」 「おばあちゃんの車はどうなりました」 「車はめちゃめちゃよ。早くして頂戴。おばあちゃんが待ってるから」 やっ太は車はちょっとへこんだだけとおばあちゃんから聞いています。看護婦への疑いが大きくなりました。 「どうしておばあちゃんが待っているのですか。おばあちゃんは気を失っているのでしょう」 「何をつべこべ言っているの。気を失っていたって待っているには違いないわよ」メイの言葉遣いにだんだん地が出てきました。 「ところでどうしてここがわかりましたか」やっ太は冷静に聞きます。 「おばあちゃんの携帯でわかったのよ。早くしな」 「おばあちゃんの携帯?おばあちゃんは携帯忘れて行ったよ。ここにあるよ」 メイは肝心のところでぼろを出してしまいました。二人を連れ出すチャンスはなくなりました。メイはどうしたらいいか一瞬とまどっています。心配したドンとヤングが車のドアを開けて玄関のほうに歩き始めました。 それを覗き穴から見ていたやっ登が叫びました。「お兄ちゃん怪しい人が来るよ」 やっ太は超スピードで携帯を持ってドアを開けました。小さなフラッシュが光りました。やっ太が携帯で3人の顔を写したのです。 「このクソガキ」メイとドンとヤングはドアに突進しました。一瞬早くやっ太はドアを閉め鍵を掛けました。 「ヤット間に合ったね」ヤットが言います。 「ヤッタ!犯人の顔を撮ったぞ」やっ太が言いました。 「ここを開けろ。開けないとドアをぶち壊すぞ」ドンがどすの利いた声で脅します。 「お兄ちゃんこれからどうしよう」やっ登はヤット怖くなったようです。 「110番に電話しよう」やっ太は110番に電話しおまわりさんに事情を話しました。 3人は車から工具を持ち出しドアをこじ開けようとしました。パトカーが来るまでにドアが開けられたら大変です。 ちょうどその時です、パパとおじいちゃんがかばんとゴルフバッグを抱えて帰ってきました。 「お前たち、何をしている」パパが叫びました。 おじいちゃんはゴルフクラブを持って身構えます。 ドンとヤングとメイは急いで車に戻り一目散に逃げ去りました。 やっ太とやっ登はパパの顔を見て泣き出しました。ほっとした気分が涙になったのです。 やっ太とやっ登はおばあちゃんが出かけてからの顛末を2人に話しました。 「二人ともよくヤッタね。写真があるので犯人もヤット捕まるね」パパは二人の口癖を真似ながらその勇気と行動をほめました。そしてまもなくやってきたパトカーに携帯の写真を渡しました。おばあちゃんも事故処理が終わって帰ってきました。 やっ太とやっ登のホームアローンが無事終わりました。 |