今月のテーマは「手賀沼遊歩道の草刈」と「手賀沼と我孫子の歴史を訪ねるみち」です。「草刈」は3度目の登場ですがうれしい結末となりました。取り上げてきた甲斐があったと思います。
 「みち」のほうはホームページ「手賀沼へいらっしゃい」にも載せていますが、「草刈」された遊歩道が「みち」の一部にもなっていますので改めて紹介させていただきました。

手賀沼遊歩道の草刈が実現


草刈前(2004年9月)

草刈前(2005年3月)
 昨年11月に出した手賀沼通信80号で「これぞお役所仕事」というタイトルで、手賀沼遊歩道の草刈について我孫子市の対応をリポートしました。その後本年4月の85号で「手賀沼遊歩道に草刈はやはり必要」というタイトルで、私から市長への手紙と市長からいただいた2通のお手紙とそれに対する疑問点を載せました。
 手賀沼遊歩道の美観を損なっている草刈を提案したのにたいし、市の見解は鳥をはじめとする動植物の保護の観点から草刈は行わないというものでした。そして千葉県東葛飾郡地域整備センターと鳥の博物館も同じ考えというものでした。ところが冬になるとその場所はセイタカアワダチソウの枯れ枝が残っているだけの場所になって、とても鳥のねぐらにはなっていないということを写真を添えて異論を唱えたのが85号でした。
 そして3月25日に下記の手紙を手賀沼通信85号を添えて送らせていただきました。

我孫子市長 福嶋浩彦 様
都市部長  袴田修平 様
(前文省略)手賀沼遊歩道の草刈についての一市民の提言に対して2度もご返事をいただきありがとうございました。
 その経緯とその後の状況について同封の「手賀沼通信第85号」にまとめさせていただきました。

草刈後(2005年6月)
 問題の場所の現状は、傾斜地を鳥や昆虫のために自然のままに残すといういただいたお手紙の主旨が活かされておらず、成り行き任せといった感じがいたします。手賀沼通信に載せた写真のように、傾斜地の一部は鳥好きの市民ボランティア(?)によってセイタカアワダチソウが取り除かれてきれいになっていました。それ以外の場所はセイタカアワダチソウの枯れ枝が残っていましたが、下のほうは隙間だらけで、とても鳥のねぐらにはなっていません。もともと急な傾斜地が鳥のねぐらになるには無理があり、他の場所のように鳥の姿を隠す葦も生えていません。お手紙を書かれた方は本当に現地を見て書かれたのでしょうか。
 今の季節は渡り鳥は殆どいなくなりましたが、冬はあの場所は手賀沼でも最も数多くの水鳥が集まる景勝地のひとつです。鳥を守る明らかな効果が見られない以上、手賀沼の景観を守るべき場所と考えます。
 ぜひ市長と鳥の博物館の専門家と市の担当部署の方に実際に現場を見ていただき、草刈をするかそのまま残すかを再度ご検討くださるようお願い申し上げます。そして本当に鳥を守るなら、草刈をしないよう看板を立てるべきです。景観を守るなら草刈をすべきと考えます。(後文省略)

 ところが6月4日の土曜日に久しぶりに問題の場所を歩いて見ました。驚いたのはきれいに草刈がされていて、セイタカアワダチソウが消えていたことです。目の前がぱっと明るくなった感じでした。私の出した手紙が受け入れてもらえたのではないかと喜びが沸いてきました。やはり感じたことはどしどし意見として言ってみるべきものですね。
 さっそく6月9日に下記のようなお礼の手紙を出しました。

我孫子市長 福嶋浩彦 様
都市部長  袴田修平 様
(前文省略)先日手賀沼遊歩道を散歩しましたところ、以前お手紙を出させていただいた、手賀大橋下のトンネル近くの傾斜地についてきれいに草刈がなされているのに気がつきました。ありがとうございました。
 私のお願いをお聞き届けいただいたのかあるいは市の方針が変わったのかは存じませんが、きれいに草刈されているのを見るのは大変うれしく、心より感謝申し上げます。
 手賀沼はいつどこを歩いても水とみどりと季節季節の花々が美しく、本当に心が洗われる感じがいたしますが、あの傾斜地のセイタカアワダチソウの残骸だけが美しい景観を乱しておりました。それがすっかりなくなり、以前にもまして見事な眺めになったと確信いたします。
 ご存知と思いますが、日本ウォーキング協会の「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に、「手賀沼と我孫子の歴史を訪れるみち」が千葉県のトップで選ばれました。毎日遊歩道を歩いている我孫子市民として大変名誉なことと感じております。そしてあの傾斜地がきれいになったことで、一層この名誉に応えられると思っております。(以下省略)

「美しい日本の歩きたくなるみち500選」にえらばれた「手賀沼と我孫子の歴史を訪ねるみち」

1.「美しい日本の歩きたくなるみち」とは
 平成15年12月下記のような募集要項により500のみちの募集が始まりました。

 道すがら自然や歴史や地域の魅力にふれて、心ゆたかにめぐり歩けるみち。そんな「歩きたくなるみち」がこの日本の各地にたくさんあるはずです。「これは、きっとみんなが歩きたくなるみちだ。ぜひ多くの人におすすめしたい。歩いてほしい」というみちを、お一人お一人あるいはみんなでこぞって一緒にご推薦ください。
 ご推薦いただいたコースのうち、対象要件を満たしているコースについて、都道府県毎に報道機関のご協力を得て募集した多くの方に歩いて頂き、その結果、共感をえて評価点数、満足度の高いものを「美しい日本の『歩きたくなるみち』全国500選」として認証し、新聞、テレビ、出版、インターネットを通じ国の内外に発表します。

美しい日本の「歩きたくなるみち」推薦会議
主管:社団法人日本ウォーキング協会
後援:国土交通省 NHK 共同通信社
全国地方新聞社連合会
 全国から2,427件の応募がありました。第一次選考で絞られた630コースについて、日本ウォーキング協会が委嘱した各都道府県ウォーキング協会の381名の評価診断員が6ヶ月かけて実踏し格付け選考を行いました。
 そして平成16年12月、推薦会議の木村尚三郎座長以下18名の委員で最終認証会議が開かれ「美しい日本の歩きたくなるみち500選」が決定されました。
 5月のゴールデンウィークに日本ウォーキング協会主催の東京国際スリーデーマーチが武蔵野中央公園で開催されましたが、近くの武蔵野市民文化会館で500選全コースの写真展が開かれていました。

 千葉県で選ばれたのは次の10コースとなっています。
  @手賀沼と我孫子の歴史を訪ねるみち(我孫子市)
  A千葉の水回廊を巡るみち(千葉市)
  B千倉の花畑と潮風王国へのみち(千倉町)
  C佐原の町なみと香取神宮へのみち(佐原市)
  D谷津干潟から幕張新都心へのみち(習志野市、千葉市)
  E市川の歴史と近代文学のみち(市川市)
  F「とみさん」ふるさと自然のみち(富山町)
  G北総の素朴な自然探勝のみち(印西市,白井市)
  H利根運河と柏の葉公園を訪ねるみち(流山市、柏市)
  I九十九里浜・南白亀川をたどるみち(白子町)

2.手賀沼と我孫子の歴史を訪ねるみち
 私のホームページ「手賀沼へいらっしゃい」では12月のお勧めコースで紹介しております。このホームページは月ごとのお勧めコースを紹介しています。12月に入れたのは500選が発表されたときすでに9月までは紹介済みで、10月から12月のコースを準備していたときでした。10月と11月は定番のイベントがあるため、空いていた12月に入れましたが、12月にこだわらずいつお出でいただいてもいいコースです。
 コースは手賀沼公園を出て手賀沼公園に戻るようになっています。所要時間はゆっくり歩いての時間です。

手賀沼公園
  ↓  2分
手賀沼遊歩道
  ↓  23分
親水公園・水の館
  ↓  20分
水神山古墳
  ↓  15分
鳥の博物館
  ↓  15分
子の神大黒天
  ↓  10分
志賀直哉邸跡
  ↓  2分
白樺文学館
  ↓  5分
楚人冠公園
  ↓  2分
加納治五郎別荘跡
  ↓  3分
三樹荘
  ↓  5分
バーナードリーチ碑
  ↓  1分
血脇守之助顕彰碑
  ↓  2分
手賀沼公園
 合計1時間45分(施設見学時間は除く)
 ウォーキングを楽しみながら施設をゆっくり見学するにはちょうど良い時間です。
 我孫子駅から手賀沼公園までは10分ですから、我孫子駅を10時にスタートして鳥の博物館を見たあと、すぐ近くの親水公園でお弁当食べ、そのあとゆっくり見物しても3時頃には我孫子駅につきます。

手賀沼公園

手賀沼遊歩道

水の館

水神山古墳

鳥の博物館

子の神大黒天

志賀直哉邸跡

白樺文学館

楚人冠公園

バーナード・リーチ碑

血脇守之助顕彰碑
 水神山古墳は水生植物園の藤棚を通ってふれあいラインに出、少し戻って金網沿いの山道を登ると住宅地に出る直前に左側に入って下さい。
 加納治五郎別荘跡と三樹荘は他の人の住まいとなっているので中に入ることは出来ないようです。

手賀沼公園
手賀沼公園は、JR常磐線我孫子駅南口より徒歩で約10分のところにあります。目の前には手賀沼が広がっています。
手賀沼遊歩道
手賀沼公園から東に向かって手賀沼遊歩道があります。遊歩道沿いには「鳥の博物館」や水生植物園、「手賀沼親水広場」などの施設のほか、「ベンチ」や「あずま屋」などを配置した休憩場所が設けてあります。 親水公園・水の館
親水広場は、手賀沼のほとりに位置し「広場」と「水の館」で構成され、目の前に広がる手賀沼では「噴水」も見ることができます。「水の館」は3階建ての古城風の建物で、手賀沼を一望できる展望室があります。 水神山古墳
5世紀後半に築造された東葛飾地方最大の前方後円墳です。長さ63m。東側の前方部の幅28m。西側の後円墳の径32m。高さ5m。
鳥の博物館
わが国初めての鳥だけを扱った博物館として平成2年5月に開館しました。手賀沼と鳥の関係を紹介したコーナーや、鳥を科学的に展示したコーナー、人と鳥の共存を考えるコーナーがあります。
子の神大黒天
ネズミを使徒とする大黒天を祭っています。10月の第4日曜日には火渡りの行が行われます。
志賀直哉邸跡
志賀直哉は32歳(大正4年)から40歳(大正12年)まで我孫子に住み、「城の崎にて」「赤西蠣太」「和解」「小僧の神様」「暗夜行路」などの名作を著作しました。跡地には当時の書斎が復元されています。
白樺文学館
平成13年1月に志賀直哉邸跡の近くに建てられた瀟洒な博物館です。志賀直哉、武者小路実篤、柳宗悦など我孫子に住んでいた白樺派の文士ゆかりの書簡や資料等が展示されています。
楚人冠公園
杉村広太郎(楚人冠(そじんかん))住居跡が公園になっています。記者・随筆家で俳句の結社湖畔吟社(こはんぎんしゃ)を主宰。唱歌「牧場の朝」を作詞。
バーナード・リーチ碑
イギリスの陶芸家バーナード・リーチは大正5年に我孫子に移住、柳宗悦邸に窯を築き、3年間創作にはげみました。碑は手賀沼公園の一番東北の端、「アビスタ前」バス停付近にあります。
血脇守之助顕彰碑
我孫子宿旅篭(あびこしゅくはたご)「かど屋」加藤家に生まれました。「高山歯科医学院」に学 び、歯科医師となり、後に同院の経営を引き継ぎ「東京歯科大学」 に発展させました。

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