今月は新年号に続いてミニ小説を紹介いたします。
 主人公は新年号でお目見えしたやっ太とやっ登に再登場してもらいました。4月を過ぎたのでやっ太とやっ登はそれぞれ1年ずつ進級しました。やっ太は9歳で小学4年生、やっ登は6歳、小学校に入学して1年生となりました。
 どんな事件が起きるか、気軽に斜め読みしていただければさいわいです。

やっ太とやっ登の夏休み冒険旅行

四谷知男     

第1幕 出発前のバトル
 やっ太とやっ登はいよいよ明日から待望の夏休みです。ママは夏休みが始まる前からうんざりした顔をしています。うるさい2人が1日中家にいるからです。
「お兄ちゃん、夏休みは何か面白いことをやってみたいなー」やっ登は目を輝かせながら言いました。
「電車に乗ってどこかへ行ってみようか」やっ太がすぐ提案しました。
やっ太とやっ登は汽車や電車が大好きです。2人とも新幹線やJRの特急の写真を見てその愛称をすべて言い当てることができるという特技を持っています。やっ太の愛読書は時刻表、時刻改定がなくても毎月購入して読みふけっています。
 早速2人は時刻表を手に相談を始めました。そしてなにやら決めたらしく、神妙な顔つきでママの所にお願いに行きました。
「ママ、かわいい子には旅をさせよという言葉知ってるよね」やっ太が切り出しました。
「知っているわよ。それがどうしたの」
「僕たち2人だけで旅行したいんだ。お願いだから行かせて」
「2人だけで?どこに行くの?」
「山陽本線の福山。」
「福山?聞いたことがないね。それどこ?何でそんなとこに行くの?」
「僕たち列車に乗りに行くんだ。ただ乗って帰ってくるだけ。安全だしお金もかからないよ。福山は広島県の尾道の少し手前だよ」
「そんな遠いところに、2人だけで行くなんてだめよ」
「お兄ちゃんはもう4年生だよ。ぼくだって小学生だ。危ないことなんかないよ」そばからやっ登が訴えます。
「東京から6つの普通電車を乗り継いで福山で行くんだ。福山で寝台特急に乗り換えて東京に帰ってくる。どこにも泊まらないし駅の外にも出ない。東京を朝出発して翌朝東京に戻ってくる。心配は要らないよ。お金は行きは乗車券だけ、帰りは特急券がいるけどホテル代はいらない。安いもんだ」
「何言ってんのよ。絶対許しません。パパも同じよ」

 やっ太とやっ登はせっかくの旅行をママに反対されがっくりです。
「ヤットやっ登と考えたのに残念だね」
「お兄ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんに相談してみようよ。助けてくれるかもしれないよ」やっ登もあきらめ切れません。
「でもボクたち2人だけで行くことは譲れないよ」やっ太は生まれて初めて自分たちだけで行く旅行にこだわりを持っています。
 やっ太とやっ登は向かいのおじいちゃんとおばあちゃんの家に相談に行きました。おばあちゃんはママと同じ意見で2人だけの旅行には反対でしたが、おじいちゃんは2人の真剣な様子にママに頼み込んでみると約束してくれました。
 おじいちゃんは一晩いろいろ知恵を絞りました。そして「変装して2人に気づかれないように同じ電車に乗り、遠くから見守るようにして、帰りは同じ寝台特急で帰ってくるから、行かせてやってほしい」とママに頼みました。ママはパパと相談してやっとOKを出してくれました。

第2幕 電車の中での知恵比べ
 8月11日(木)、やっ太とやっ登は5時半に起き、1時間ほどかかる東京駅までパパと一緒にやってきました。2人のデイバッグの中にはママが作ってくれたお昼と夕食のお弁当にペットボトルが2本、お菓子と着替えが入っています。やっ太のバッグには時刻表と手帳が入っています。ポケットの財布はひもで半ズボンにしっかりとつながっており、その中にお金と切符が入っています。やっ太はカメラつき携帯電話を首からぶら下げていました。
 2人は東京駅7番線から7時40分発の熱海行きに乗りました。
「電車を乗り換えるたびにママに電話をするんだよ。乗り換えのとき忘れ物をしないようにね」パパが言いました。
「うん。大丈夫だよ」やっ太とやっ登は口をそろえて言いました。
それからパパはおじいちゃんに目で合図して、少し早いですが会社に向かいました。
 おじいちゃんはサングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、マスクをして車両の隅の席に座っていました。みんなよりちょっと早く来たのです。真夏に真冬の格好をしているのですから汗びっしょりです。おじいちゃんの席からはやっ太とやっ登の姿をしっかり見ることができます。

 定刻どおり東京を7時40分に発車した電車はラッシュアワーにもかかわらず空いていました。上りは混んでいますが逆方向です。その上お盆にかかっているのでいつもより乗客が少ないようです。やっ太とやっ登は2人だけの初めての旅行にうきうきしていました。4人がけの向かい合った座席に2人だけでゆったり腰をかけ、外の景色を満喫していました。各駅に停車するためゆっくり眺めを楽しむことができました。9時半に熱海駅に到着、最初の乗り換えです。

 次は熱海駅9時39分発豊橋行きの普通電車です。やっ太は乗り換えの時間を利用して早速ママに電話を入れました。おじいちゃんは2人に見つからないようにそっと同じ車両の隅に席を取りました。
 しばらくすると富士山が見えてきました。雲ひとつない夏空です。
「お兄ちゃん、富士山って大きいね」やっ登は始めて身近に見る富士山に驚きの声をあげました。
「ほんとだね。よーし、今度は富士山に登るぞ」やっ太は次の目標を見つけたようです。
 2人は浜名湖の眺めを楽しみながらママが作ってくれたお弁当を食べました。そして3時間あまりの乗車を楽しんで、終着駅豊橋に12時45分につきました。早速やっ太はママに電話です。
「お昼は食べた? やっ登は元気?」ママは心配でなりません。
「元気だよ。すべて快調」やっ太は弾んだ声で答えました。

 3台目の電車は豊橋12時56分発、大垣14時14分着の新快速です。2人はいろいろな電車に乗れるのがうれしくてたまりません。野球帽にサングラス、季節外れのマスクをしたおじいちゃんも急いで乗り換えました。
「お兄ちゃん、あの変なおじいちゃんまた同じ電車に乗るよ」目ざといやっ登が気がつきました。
「あのおじいちゃんがどうかしたの」やっ太が聞きます。
「変なんだよね。東京からずっと一緒だよ」
「そうか、気がつかなかった。僕たちみたいに電車の乗り継ぎがしたいのかなー」
「きっとお金がないのかも」
「待って。あの帽子どこかで見たような気がする」
やっ太はおじいちゃんが座っている席のそばのトイレに入りました。近くでおじいちゃんの様子を見るためです。おじいちゃんはいきなりやっ太が自分のほうにやって来るのであわてました。窓の外の景色のほうを見て目を合わさないようにしました。トイレから出てきたやっ太はしばらく立ち止まりおじいちゃんの様子を眺めました。
「やっ登、車両を変えよう」自分の席に戻ったやっ太が言いました。
「どうして?」
「いいからついてお出で。リュックを忘れるなよ」
 2つ前の車両に落ち着いたやっ太はやっ登に向かって
「あの変な人は僕たちのおじいちゃんに間違いないよ。あの帽子はマリンスタジアムに行ったときかぶっていたのと同じだよ」と説明しました。
 あわてたのはおじいちゃんです。2人が見えなくなってしまいました。このままではママとの約束が果たせません。あせる心を抑えながらそっと二人のあとを追いかけました。そして今度は1つ手前の車両から監視することにしました。でもすばしっこい2人はおじいちゃんが1つ後ろの車両に移ってきたことに感づいていました。
「おじいちゃんまた来たよ。ついてきて欲しくないよ」やっ登は2人だけの旅に邪魔者が入ってきたことにおかんむりです。
 やっ太は時刻表を取り出して考え込みました。
「やっ登、次の駅で降りるよ。ドアが閉まる直前に飛び降りるぞ。いいか」
「電車から降りたら僕たちの旅行がおしまいになっちゃうよ」
「大丈夫。次の快速に乗れば大垣駅での乗り換えには間に合うぞ」
 2人は刈谷駅でドアが閉まる直前をねらって電車を降りました。おじいちゃんは2人についていけず、電車の中に取り残されました。やっ太は13分後に快速電車が来るのを時刻表から知ったのでした。その電車でも大垣駅で乗り換える予定の電車には十分間に合います。
 「しまった」と思ったおじいちゃんは考えました。なぜ2人が自分を避けたのかは分かりませんが、もしかしたら東京からつけてきたのに気づかれたのか、あるいは正体が見破られたのではないかと推測しました。おじいちゃんはとりあえず2人の前から姿を隠して、2人の好きなようにやらせてみようと思いました。同じ電車に乗っていることだけ分かればいいと考えました。二人の旅行の予定はやっ太から相談を受けたときにすっかり聞いています。おじいちゃんは時刻表を確かめて、2人の性格と今回の旅行へのこだわりから次の電車で大垣まで行くことは間違いないと判断しました。
 おじいちゃんの乗った電車は14時14分に、やっ太とやっ登の乗った電車は14時34分に大垣に着きました。

 大垣からは14時40分発の米原行きです。乗車時間はわずか35分、米原には15時15分に着きました。
 おじいちゃんは変装をやめました。マスクをはずしたため清々した気分です。監視の方法も座席を見張るのではなく、乗り換えたあと最初に乗っているのを確認したら後は降車する人だけを見張ることにしました。2人が電車を降りなければ乗り続けているはずです。

 5台目の電車は米原発播州赤穂行新快速です。播州赤穂は忠臣蔵で有名ですが、相生から山陽本線を離れて赤穂線になるため、終着駅の赤穂でなく相生で降りる必要があります。
 米原を15時26分に出た新快速は途中、京都、大阪、神戸などの大都市を通りながら快調に走ります。やっ太とやっ登は初めて見る京都や大阪に小さな胸をときめかせました。
「おじいちゃんからうまく逃げられたけど、どうしたかな。僕たちがいなくなってきっとびっくりしたよね」やっ太はちょっぴり気がかりです。
「おじいちゃんは途中から東京へ帰ってるよ」やっ登はあまり気にしていません。
 おじいちゃんは電車が駅に止まるたびに電車から降りる人をチェックしていますが、2人が下りる姿はありません。相生までは大丈夫だと確信を深めました。
 相生には18時3分につきました。いよいよ最後の下り電車です。

 相生で姫路発三原行き,18時20分の電車に乗り換えました。この電車は広島県の福山に20時25分に着きます。やっ太とやっ登は福山で下車します。そこが2人の旅の終点です。
 下関始発東京行きの寝台特急「サンライズゆめ」は福山に20時40分に着きます。2人はそこで「サンライズゆめ」に乗り込み、東京に引き返します。東京には朝6時27分に到着します。それが電車好きの2人が計画した冒険旅行なのです。「サンライズゆめ」の上り列車は8月は11日と14日にしか運転されません。2人が冒険旅行を8日11日に決めた理由は「サンライズゆめ」の運転日にあわせたためです。

第3幕 思いがけない事故
 相生を定刻に発車してすぐ、2人はママ手作りの夕食のお弁当を食べました。いよいよ乗り継ぎ電車の旅も大詰めです。ところが岡山の4つ手前の瀬戸駅に19時7分に到着したあと電車が突然止まってしまいました。
「事故かな、故障かな」やっ太はやっ登に声をかけました。
まもなく車内放送がありました。
「岡山駅で下り線の信号故障が発生しました。ただいま故障箇所と故障原因を点検中です。今のところ復旧の見込みは立っていません。ご迷惑をおかけしていますがしばらくそのままでお待ちください」
 福山駅への到着が遅れるとこの旅行計画は修正せざるをえなくなります。
「お兄ちゃんどうしよう。帰れなくなってしまうよ」元気だったやっ登がべそをかきそうになって言いました。
「遅れたら寝台特急の乗り換え駅を変えればいいんだ。倉敷か岡山で乗り換えれば大丈夫だよ」時刻表に精通しているだけあって、さすがやっ太は冷静です。
「とりあえずママに事故の報告だけをしておこう」やっ太はホームに出てママに電話をしました。
 ところが信号故障はなかなか直らないらしく、電車が動く気配はありません。時間だけがどんどんすぎていきます。「サンライズゆめ」が岡山を発車するのは21時33分です。それまでに岡山につかない限り「サンライズゆめ」には乗れません。予定した時間には東京に戻れなくなります。
 おじいちゃんも信号トラブルの放送を聞き、「どうしたものか」と考えていました。最後の手段は2人を見つけてどこかのホテルに泊まるなり別の列車の手配をすればいいと決めていました。それまでは2人の危機に際しての対処方法を見てやろうと腹をくくりました。2人の教育の絶好の機会です。ここでどんな決断をするか、どう乗り越えるか、経験は人を成長させるはずです。
 何も情報が入らずただ時間ばかりすぎていくことにさすがのやっ太もあせり始めました。
「お兄ちゃんどうしよう。おじいちゃんがいてくれたらよかったのに」とやっ登もすっかり弱気になっています。
「そうだ、車掌さんに相談してみよう」とやっ太。

第4幕 冒険の終わり
やっ太はやっ登を連れて電車の最後尾にいる車掌のところに行きました。そして自分たちの計画をはじめからすっかり話しました。また自分たちがどんなに鉄道が好きかということ、両親の反対を押し切って2人だけで旅行していること、福山で寝台特急に乗り換えて東京へ帰る予定などを説明しました。そして何とか楽しみにしていた寝台特急に乗る方法を教えて欲しいと訴えました。
「車掌さん、『サンライズゆめ』を瀬戸駅に停車していただけませんか。お願いします」
 車掌はやっ太の話を最初は不思議そうに聞いていましたが、だんだんやっ太の話に引き込まれていき、何とか2人の旅行を実現する方法はないものかと考えるようになりました。
「やっ太君、ちょっと電車の中で待っていて。本部と相談してみる」
 やっ太はやきもきしながら待っていました。かなり長い時間待たされたあと、車掌があたふたとやってきました。
「やっ太君、本部と交渉して寝台特急がこの瀬戸駅に臨時停車してくれることになった。ここで乗り換えればいい。よかったね」
「ありがとうございました。どうしようかと思っていたのに助かりました」やっ太は何度もお礼を言いました。
「お兄ちゃんよかったね。車掌さんありがとう」やっ登も小さな頭をぺこりと下げました。
「大変ご迷惑をおかけしております。信号機のトラブルはまもなく回復する見込みです。電車が遅れまして申し訳ありません。なお寝台特急『サンライズゆめ』にご乗車される方がおられましたら瀬戸駅に臨時に停車することになりましたのでお知らせいたします。乗車される方は車掌までお申し出ください」と車掌の放送がありました。
 その放送を聴いておじいちゃんが現れました。
「あれ、おじいちゃんだ。東京に帰らなかったの」やっ登がうれしそうに言いました。
「やっ太とやっ登。よかったね。おじいちゃんはずっと2人を遠くから見守っていたんだよ。瀬戸駅に止まるようになったのはやっ太のおかげかな。よくやった」やっ太のお得意でほめられてやっ太も思わずにっこりです。

 やっ太とやっ登とおじいちゃんは「サンライズゆめ」に乗り込みました。3人は今日一日の出来事を思い出し、「今回の旅行はやってよかったね」と言い合いました。きっとパパとママも喜んでくれるでしょう。

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